おごり。の中身は色々あるんだ。
思い上がり。もそうじゃろな。
少し前、思いやり。について考えた。
本当に相手を思いやるとはどういうこったか?
人々の話を聴くと、同情、情、自分のため、自分の主観による判断、自分の体験、自分が正しい、等々
それらが、他者を思いやっているのだ。という錯覚を起こしていることが多いんだなあ。
と、つゆちゃん的に理解ができたのである。
いいことしている。という錯覚。
そしてできた言葉は
思いやり風思い上がり。
もう少し詳しく言えば、
思いやり風思い上がりによる親切心。
思いやりだと信じて疑わない風思い上がり。
というところだった。
あなたのためにしてあげてるのよ。な私。
わかってあげてる。な私。
ほ~らね。いったこっちゃない。な私。
あなたが困らないように教えてあげてるのよ。な私。
そんな私がいないかい?
さらにくっつく
そんな私のことをわかってよね!な私。
な~んて思っちゃったりしてたりしていない?
それは思いやりというより、
思い上がり足すことの自己主張
という印象だ。
ということは、私のことを思いやっておくれよ!
と、ぐるっと自分に戻す技法。思いやりちょうだい。
そういうことが、こじれのもとになっていくのだよ~ん。
おご~~り~~。
の世界はこじれやすい。あっぱれあっぱれ。美しすぎる人間界。
当たり前にやっていて、当たり前に発して疑わない言葉。
当たり前と、私の常識。の中には、苦しみの原因がいっぱい詰まっているんだよ。
当たり前を取っ払っていくと、自分も他人も楽になっていくんだよ~~ん。
先日、久しぶりに来てくれたお客さんが、
庭を眺めながら、
草は大事。草がないと地球がダメになっちゃう。
と言った。
私は答えた。地球なんてダメになっていいけどね。要らないけどね、私は。
こんなに苦しみばかりを体験する星なんて要らないわ。って。
こんな私も地球が大事だと信じていた。美しいと信じていた。
地球を守りたかった。地球環境を保護したかった。
んだけどね~~。
地球なんて。と思うんだけど、地球に属している人間な私は、花をかわいいと思う。
まあ、人間ですからつゆちゃんは。